以前は頻繁に来てくれたのに、最近はメッキリ顔を出さなくなってしまった店がいくつかあるが、そのほとんどは懐が寂しいというのが主な理由であり、他意は全くない。機会があれば、いつだって行きたい気持ちでいる。ただ、単に懐が寂しいだけが理由ではない店も、ごく稀に存在する。最近、その最たる例に出会った。
主だった駅、バス停、交差点といった公共性のある場所やある程度整備された市街地でよく目にする視覚障がい者誘導用ブロック(通称:「点字ブロック」)。。。多くの読者もご存知の通り、この点字ブロックは、視覚が不自由な方がより安全に外を歩行できるために設置されたものである。かような役割を担うブロックであるため、この上にみだりに物を置いてしまうと誘導や注意の機能が失われ、これから進もうとする方向に関する情報が閉ざされてしまうことになり、思わぬ事故の原因にもなりかねない。
ある日、たまに通う店の前を通りがかった。フラフラと通ったのではなく、シラフで通りすがったわけである。その店の前の路面には、誘導用の点字ブロックが敷かれている。同店では店頭の部分が改築工事中?のため、普段なら店の入り口の直ぐ脇に置いている路面設置型の看板を、こともあろうに点字ブロックに大きくはみ出して置いているではないか。
同店の前はかなりの通行量があり、たとえ人間の背格好と比較すれば腰の高さまでしかない看板ではあっても、コンクリートの土台と鉄製の骨組みの作られており、視覚が不自由な方々にとっては大きな脅威となる。また、単にぶつかるだけではなく、一人がコケるとその直ぐ後ろの通行人までもが巻き添えを食らい、二重、三重の事故にも発展する可能性すらはらんでいるのも事実。
このようなことは、ある程度の熟考の習慣がある商売人であれば誰でも気づくはずである。ところが、人間というものは、自らの商売上の利益を優先させることに余念がなく、ついつい他人の迷惑を顧みない傾向にあるようである。当然、私も同じ立場であれば、同じようなことをしでかしていた可能性だって否めない。ならば、今まで通り通えば良いではないか、という意見もあろうが、それはそれで私の自由采配ということで。
ただ、肝要なのは、「自分だけはこんなことをしない」、「自分だけはあんなマネはしない」、と高をくくってしまわないこと。「まさか自分に限って…」という甘えと思い上がりを禁じ得ないこともあろうが、そんな自分の内面を直視する勇気と謙虚さを持ち合わせて生きたいもの。
このことは、頭で分かっていても感情で分かっていないから難しい。人間は感情で動きますから。。。「自分だけは…」という気持ちが、結局は、知らず知らずのうちに、隣人へのイジメなどの問題にもつながっているのではないかと思わされる。



