ここのブログへの実質的なアクセス数は、
以前の日記にも記した覚えがあるが1日平均5-10件であろう。その読者の中で実際に自らブログを運営されていらっしゃる方は半数ぐらいはいらっしゃるのではないかと、私は勝手に想像している。仮に今日アクセスしてくださった訪問者が10名いらしたとして、その半数の5名がブログをもっていらっしゃるとすると、一体その5名はご自身のブログの存在をどこまでオープンにしているのだろうか。ふと、素朴な疑問がわいてくる。
特段、私のブログの読者に限定しなければならないということは全くないが、全国的にどういう傾向にあるのだろうか。考えられるケースを挙げると、会社や家族には内緒だがある特定の友達だけにはブログのことを話している場合や、身内だけは知っているが他人には内緒といった場合。はたまた、自分個人以外は家族であろうと秘密で、ネット上で知り合った顔の見えない相手のみが知っている、といった場合もあるに違いない。
会社や友人、そして家族に知れ渡っているものであれば、もはや隠し立てする必要は全くないわけで、堂々としていれば良いだけの話。ただ、問題は、ある特定の人だけにしか公開していないケースや、周囲には全く非公開でネット上という空間でのみ知り合った人だけに公開されているケースであろう。ここで「問題」という語を使用したのは、社会的に問題があるという意味ではなく、思わぬところで知られたくない人にバレたとき、その人の心の中では大いに「問題」となる、といった意味である。周囲に公開している人にとっては、なぜこそこそとブログなんかするのだろう、と素朴な疑問を持つかもしれない。が、当人にとってはそれは大きな「問題」となるのが事実。
そもそも、人によってブログの意味するところが違うのではないだろうか。言い換えれば、ブログに対する考え方が人によって異なるということ。人によっては、ブログとは単に日々の徒然な出来事を徒然なるままにつづるものであり、また、自分自身のネタをネットで発信することで虚栄心を満たす道具にもなり得るものであろう。またある人にとっては、家族、友人、会社に対しても閉ざしていたい自分自身の本当の姿を、ネットという相手の顔が見えない空間のなかで誰はばかることなく自己を遠慮なく発揮できる唯一の安らぎの場ともなろう。
特に「公開度」が低いブロガーにとっては、秘密にしておきたいカテゴリーの人たちに自分のブログの存在を知られることほど恐ろしいことはないのではないかと推察する。知られるということは、イコール、バレるということだが、彼らにとってそのバレということは即ち、自分がどちらかというと拒否したい人たちに土足で自分の領地や心の中を勝手に踏み荒らされるのと同じことを意味する。だから、何があろうと、ブログの存在は秘密にしようとするし、万が一、バレそうにでもなったら、自分の大切な記事であろうとも、即刻閉鎖することもいとわないケースだってあり得る。
大事な思い出が詰まったブログであればこそ、踏み荒らされる前に、自分で処分してしまおうという考えが根底にあるのではないかと想像できる。戦争当時、相手国の攻撃でどうにもならなくなった非常事態に陥り、残るは降伏して捕虜になるしか道が残されていないような状況下で、自国の軍当局からの勧めもあったことがあるにせよ、不本意ながらも自決の道を選ばざるを得なかった人たちの筆舌に尽くしがたい苦渋の思いと重ね合わせてしまう。もちろん、戦争の悲惨さとは到底比較にはならないが、この平和が当たり前になった時代、ブログ一つバレることすら、実に由々しき問題となって当人の心の中を暗く支配するのである。
そこまでの危険を冒してまでどうしてブログを、なぜ紙ベースの日記に変えないのか、と思ってしまうが、それはそれで個人の自由采配であり、他人にとやかく言われる筋合いのものではないのであろう。自分でブログを立ち上げ、どんな理由であれ閉鎖も自分の判断で行うのであれば、何ら社会に対して迷惑はかけていないことになる。私の場合、信頼できる取引先の知人数名にのみ、ブログの存在を明らかにしているが、その方は口が堅いため、幸いかな、今のところはバレてはいない。バレたらバレたで、開き直るが、即閉鎖すればよいだけの話。。。
かようなこと憂えてか、ある人はブログのバックアップを勧めている。バックアップとは単に画像とテキストをデータで残しておくという意味ではない。同じ写真と同じ文章表現であれば、語句検索などで直ぐに再発見されてしまう。これを防ぐため、メインのブログとサブのブログを分けるそうだ。場合によては、3つに分けることも視野に入れることも必要であると示唆している。要するに、全く違う内容の記事をアップするための、いわゆる「裏ブログ」を始めるということではなく、内容はそのまま尊重しながらも表現をがらりと変えたブログを立ち上げるということ。
サブとなるブログでは、写真はアングルと露出を変え、あたかも別人が写したものであるがごときの印象付けを行い、最もバレやすい文章テキストは適宜にパラフレーズ、即ち書き換えをする。。。このパラフレーズという作業が実は最も困難なのだが、これをやらなければメインとサブとを分ける意味が全くないとしている。また、このパラフレーズも、狭義の意味ではなく、かなり拡大解釈することが必要となる。要するに別人が全く別の視点で捉えている印象を醸しだすことを念頭に置く必要があることだという。元の記事にあった事柄を取捨選択しながらパラフレーズするわけである。
例えば、ある店の料理を題材に記事を書く場合、一方では「ずっと食べ続けていたいほどの…」と表現し、もう一方では「万人が好む普遍的な料理が多い中で一際強い旨みが感じられる…」と表現を変える。突き詰めると、メインがサブにもなり、また逆にサブがメインにもなり得るということ。だが、ここで肝心なのは、本人はこの料理に対して美味しさを前向きに感じている、ということにウソはないということ。ここが大きくブレると、単なる二重ブログで終わる。
より具体的な例を次に示そう。。。と思ったのだが、それは意味がないことなので止めておくことに。何はともあれ、閉鎖する事態になったら、しばらくの小休止のインターバルを経た後、移転先を探さねばなるまい。。。過去、2度ほど移転を余儀なくされているので、慣れたもの(笑)。