
〜画像:『Wikipedia, the free encyclopedia』より抜粋〜
今に始まったことではないが、よく「方法論」という語を耳にする。多くは飲みの席よりも、むしろ会社やビジネスの会議などで使われることが多い。例えば、次のような会話で。。。
上司:「君、君、この間の新製品だが、売れ行きはどうかね?」
部下:「A地区では好調なのですが、B地区ではいまひとつかと…」
上司:「なに、B地区ではそんなにダメだというのかね」
部下:「はい、かなりの落ち込みぶりで。。。」
上司:「で、B地区の市場調査はどのように行ったんだね?」
部下:「主婦を対象に簡単なアンケート調査を実施しましたが…」
上司:「主婦だって?あの商品は主婦だけがターゲットじゃないぞ、君ぃ」
部下:「は、はい、申し訳ありません」
上司:「主婦だけが対象とは、君の方法論は大いに間違っているぞ!」
部下:「す、すみませんッ」
上の会話はどこかで聞いたことがあるよなないような。。。何はともあれ、上司の最後の台詞で用いられている「方法論」は、明らかに単なる「方法」や「手法」という表現で用は足りる。「アンケート調査という君の方法は間違っている」とすればよいだけの話。が、ここで「方法論」などという表現を用いるから、部下は頭を抱えることになる。
ここで仮に「方法論」という表現をどうしても用いたいのであれば、B地区の市場調査としては単なるアンケート以外にも他に何か方法はないのか、といって点も踏まえる必要があろう。一口に市場調査といっても、アンケートだけで十分なのか、或いは、通行量調査や年齢分布調査なども併せて実施すべきではないのか、といった方法についての根本の部分から議論される必要がある。もっと踏み込むのであれば、市場調査の前に、果たしてこの新商品が売れる商品たるものであるかどうか、といった足元も調査する必要もあろう。
上の会話では、アンケートによる資料収集こそがより正確な市場調査に結びつくという前提条件である「方法論」は一切言及されずに、対象を主婦だけではなく一般に広げた、即ち「方法」のみが変更されているだけの話。この上司は恐らく、「では主婦以外に一体どんな職業層や年齢層にまで対象を広げるべきであるのか」、といった質問に対して恐らく即答できないはず。ましてや、アンケート調査以外にも、どのような有効な手段(方法)があるのか、部下にアドバイスなどできる由もない。
狭い意味での方法論とは、要するに方法についての研究や分析を意味する。方法論などといった仰々しい表現を用いる以上、方法に関する論議がなくてはならないはず。単に「方法」とすれば良いところを、敢えて「方法論」とする話者の心理や行動の背景には、次のような複雑な気持ちや意識が見え隠れする。
(1) 部下や周囲から尊敬されたい
(2) 少しでも抽象的な表現を用いることで一目置かれたい
(3) 具体的な調査の手法について即答できないことをごまかしたい
(4) 相手の「方法」に問題があるのであって、自分は責められたくない
(5) 単に「方法」も「方法論」と同意語として使っていただけ
(6) 部下に対して適切なアドバイスができない事実を認めたくない
(7) 高貴な印象を周囲に与えたい
(8) もっともらしいことを言って上司としての体面を保ちたい
言葉はその話者の心理を如実に表す。口から発する言葉の重みを十分に噛み締めながら、言葉と付き合いたいもの。私とて年がら年中、誤字脱字や漢字変換ミスを繰り返しているので偉そうなことは言えないが、ただ、言葉は人そのものを描写し、映し出すもの。背伸びをして言葉を使おうとすると足元をすくわれる結果になるし、堕落した言語体型の習得は、その人の人生観を狭いものにしてしまう。
言葉は人を勇気付け、そして励ます。反対に、誤った使用は、人を思い悩ませ、心を傷つける厄介な武器となる。言葉の使用は話者本人の自覚と人生経験によって大きく左右されるため、聞く側としてもその辺の事情についての心構えを持ち合わせていたいもの。心に多少なりとも余裕があるか否かで、聞く言葉の受け止め方や理解度がまるで違う。そそ、これぞ言葉のミステリー。