深夜の帰宅途中、私がいつも利用している法人タクシーが交差点でバイクと衝突。赤信号を無視して交差点に突っ込んだ10代と思われるバイクの少年は衝突後、「マジでヤッベェ〜」という表情をしながら、そのままバイクで逃げ去った。
衝突を避けようとタクシーの運転手は急ブレーキをかけた際、私は慣性の法則に従って顔面を前のシートの背もたれに激突。運転手は私に気遣うことなくタクシーを降り立ち、逃げた少年の方向を呆然と見つめている。あまりの突然のことなので、運転手の気持ちはよく分かる。
我に返った運転手は車に戻り、早速、私に気遣いの言葉をかけるのかと思いきや、「ねぇ、お客さん、今の事故の証人になってくださいね」と繰り返す。名刺をよこせと言ってみたり、電話や名前を聞き出そうとしたり、私の個人情報を聞き出そうと躍起になるばかり。最後にやっと出てきた言葉は、「お客さん、大丈夫ですよ、ね」の一言。
動揺している運転手を刺激して何をされるか分かったものではないので、とりあえず名前だけを知らせて、車を降り立つ。そして、配車番号やナンバーを記憶して、家からタクシー会社に抗議の電話。
電話をすると、配車センターの女性の声。「この番号は配車専用です。事故の件は私は聞いておりません。もう遅い時間なので明日にでも本社のほうに電話いただけますか?」との応対。この言葉に、私が「あぁ、そうですか、分かりました」と大人しく言いなりになるとでも思ったのであろうか。かくして、悲劇が始まる。
この後、電話の向こうの女性は、乙さん流の穏やかな口調による丁重な反論に対し、これまでの人生で取り扱ったであろうクレーム対応の経験とマニュアルだけを頼りに、言葉遣いにも留意しながら明確な表現で理路整然と回答することを求められることになる。
応対の印象は言葉によって大きく左右される。普段何気なく使っている言葉だが、今の時代、何かと注意しながら使うことが求められる。電話応対のマニュアルだけを頼りにしていては、いざという時に対応が鈍くなる。反面教師として私も気を引き締めなければ。
この出来事があってからというもの、あれほど頻繁に利用していたのにもかかわらず、タクシーに乗るのが恐ろしくなった。これは、「もう酒は飲むな」という天からの声なのかも知れぬ。。。
2008年05月30日
2008年04月14日
ブログのアクセス解析(地域別アクセス編)
このブログへのアクセスはこれまでもキーワードやリンク元をベースに分析を試みたが、今回は「Google Analytics」で地域別にみてみる。理由は何であれ、このブログに何かしらの形で漂着された方がどの地域からアクセスしているのかを知ることができる。
冒頭の画像はある日のセッション数をまとめたもので、数は245とある。日によっても大きく違うが、一日当たり500〜1,500の単純アクセス数があるので、そこそこ妥当な数字と言えよう。ここでいうセッション数とは基本的に、30分以内に同一人物(同一パソコンというべきか)が再来したものについてはカウントしていない。従って、厳密には通常でいうところのユニークアクセス数に比較的近いのかもしれない。
この245のセッション数を地域別に見た上位8位が冒頭の画像。第1位は「Hodogaya」とあるので、恐らくは横浜の保土ヶ谷区のことなのであろうか。第4位の「横浜」とダブってはいないかどうか、その辺は全く不明。第2位の「Saiwai」はそうすると川崎の幸区か。。。第3位から5位は「渋谷」「横浜」「新宿」で、会社が多い街であることから、恐らくこれらの多くは勤務先からのアクセスに違いない。第6位の「世田谷」は学園や住宅が多いの街なので学校や家庭からのアクセスか。。。第7位はノースピアがある「神奈川区」、そして第8位は省庁が立ち並ぶ「霞ヶ関」。
セッション数245と一口に言っても、私のつたないブログを定期的に読んでくださっている人、まかり間違って何かの拍子に偶然ここに辿り着いてしまった人、別のブログでリンクされていたので何気なく来てみたという人、といろいろなパターンがあろう。平均ページビュー(1回のセッションで何ページアクセスしたか)をみてみると、最初の1ページで離脱される人もいれば、付き合いで2ページほどアクセスしてくださっている人も。
また、平均サイト滞在時間(読者の平均滞在時間)をみても、十数秒で離脱する人もいれば、わざわざ2分間もじっくりと読んでくださっている人も。もっとも、2分といっても、実際にじっくりと読んでくださっているかどうかは不明であって、単にアクセスしたままトイレに立ってしまっていても、その分は滞在時間として数えられてしまう。
こうなると、一日に245のセッション数があったとはいえ、果たして本当の意味のアクセス数は、この内どれくらいになるのだろうか。やはり、コンスタントにコメントを残してくださる方が最も熱心な読者ということになるだろうし、こうした読者を中心にアクセスの「実数」を勘定することが本当の意味でのアクセス数の把握につながるのではないか。となると、ここのブログへのアクセス実数は、一日平均で正味3〜5程度になるのではないかと思っている。
巷ではよく、単純アクセス数が日に200だ、300だ、と喜んでいるブロガーも多くいるようだが、肝心なのは、コメントをくださる読者がどれだけいらっしゃるかであり、単なる表面上のアクセス数だけで一喜一憂すべきではないということ。アクセス数がただ多いだけでは実は大して意味はなく、読者と管理人との交流がどれだけあるかが基本となろう。
たとえ一日のアクセス数が僅か30程度であったとしても、コメントが5〜10もあれば十分に立派なブログ。私もかようなブログを目指したいもの。え?それにはまだまだ修行が足りないぞ、ですって?はぃ、もっと内容の充実に努めなくては。。。トホホ。。。
<参考記事>
ブログのアクセス解析(検索キーワード編)
ブログのアクセス解析(リンク元編)
ブログのアクセス解析(検索キーワード編-2)
2008年04月13日
ワインボトルのコルク栓たち
自宅で飲んだワインやスパークリングワインなどのコルク栓を集めている。「集めている」というと、何だか一端の収集家であるような響きがあるが、厳密には「集まった」とするほうがより正確な表現となろう。
意図的に集めようとしたわけではなく、飲み終えたボトルのコルク栓を、梅酒などを造る際に使う大きな空き瓶にぽんぽんと入れておいたら、知らぬ間に結構な数がたまっていたという訳。
数えてはないが、百近くにはなるか。。。溜まり始めた頃から平均すると、月に1本程度の割合になる。自宅ではあまりワイン類をいただかないからであろうか、意外にも節制あるアルコール量ではないか。。。
2008年04月10日
わが家の壁掛け時計
私の生息するアパートは、決して築が新しくてゴージャスというわけではないが、ひっそりと暮らすには事足りている。ただ、駅からは離れているので周囲の環境はまずまずなものの、室内がやや殺風景なのが残念。
写真は、何か部屋のイメージを変えようと据え付けた時計。文字盤に時間と分の刻みがないので、よく時間を間違える。朝7時かと思っていたら、実はもう8時だったなんてこともよくある。もちろん、その反対も稀に。
2008年04月03日
リースで飾りつけ
良く言えばシンプル、悪く言えば殺風景な私のアパートの部屋にも、少しは遊び心やちょっとしたアクセントになるものが欲しい。何もないわけではないが、ほぼ、ないに等しい。
手作りのリースは部屋全体に温かい雰囲気にしてくれる。リースはドイツ語でクランツなどと称され、日本ではクリスマスの時期ばかりに重宝される傾向にあるが、好きな時に、好きな場所に、そのときの気分で飾りたいもの。
2008年03月19日
相互リンク先が222,222アクセス
当初お互い勝手にリンクし合って今では相互リンクという形で落ち着いている「住まいは海の近く」のアクセスカウンターが、このたび222,222件に達した。
アクセス数がぞろ目になったりキリ番になったりすると、何か特別の出来事であるかのごときに「おめでとう」などという言葉を発しなければならないとするのが一般的なのだろうが、私にはどうもピンと来ない。
「おめでとう」という言葉は、例えば新年などの慶事や何かの目標が達成されたことを祝う言葉として用いられるのが本筋。管理人のseikoMTD氏にとってこのたびの数字は単なる通過点の一つであって、氏の目標はもっと別のところにあるものと推察する。
アクセス数の増減などよりも、私個人としては、氏自らが食すサンマーメンの評論や日々のグルメ紀行をいたずらに飾ることなく、淡々と述べ伝える姿に共感している。と同時に、周囲に翻弄されることなく着々と独自のスタイルを築き上げていらっしゃる氏のブログを拝読するたびに、ただただ見習いたいと思うばかり。
で、折角ぞろ目を踏んだのだから、褒美としてサンマーメン1杯ご馳走などという嬉しい企画はないのだろうか。。。あるわけないか。。。世の中そんなに甘くはなく。トホホ。。。
2008年03月10日
体調が再び悪化、あっかんなぁ。。。
最近、また内臓の調子が悪い。そろそろ寿命かと思って医者に診てもらうも、特段、異常な暴飲暴食というわけでもなく、恐らくはストレスが原因ではないかとのこと。
ストレスを溜めないためにも気晴らしをするように勧められ、一応、消化器系の働きを助ける薬を処方していただく。軽い運動とかも良いのかも知れぬ。ただ、あまり考え込まないほうが良いのかもしれない。
ただ、日々の生活の中でできるストレス発散となると、仕事帰りのグルメ探訪ぐらいしか思い浮かばない。。。ということは、もっと頻繁に探訪しろということなのだろうか。。。
自分に都合の良い解釈するほどの余裕がある限り、まだまだ健康なのかもしれぬ。で、明日はどこに立ち寄ろうか。。。
2008年03月09日
あり得ない自動販売機、みたいなぁ〜
ある晩、いつものように松田聖子の往年の名曲「赤いスイートピー」の一節を壊れたレコードのように何度も繰り返し口ずさみながら酩酊状態で通りを歩いていると、なんとなく不思議な形をした自動販売機に出くわす。ちょうど喉も渇いていたので、何か飲もうかと目を凝らすと、120円のはずのジュースが250円や300円と高い。
随分と高いジュースだなぁ、とさらによく目を凝らしてみると、それはジュースの自動販売機ではなく、ラーメンの自動販売機。しかも、カップヌードルではなく、既に熱々のラーメンが缶詰になっている。中華そばや札幌ラーメン(味噌味と醤油味)のほか、カレーうどんなどもある。また、最上段には、新製品であろうと見受けられるおでんも売られている。
ラーメン缶詰の自動販売機なんて、今どきの表現を借りるならば「あり得ねぇ〜」となるのだろう。だが、何度もほっぺをつねってみても、ジュースではなくラーメン缶詰が売られているのは確かとみえる。夢だといけないので、念のためたまたま持ち合わせていたカメラで撮影してみる。当然、撮影のタイミングとしては、「赤い、スイートピー♪」の最後の「ピー」の部分でシャッターボタンを押すのが乙さん流。たまたま他に通行人がいなかったからよいが、単なる変質者として映っていたことだろう。翌朝、カメラをチェックしてみると、確かに画像がある。そう、夢ではなかったのだ。
そういえば、販売機のどこかに「はし付き」「フォーク付き」だとかの表示があった覚えがあるが、ブリックパックのストローのように缶の脇に貼り付けられてくるのだろうか、それとも、別の引き出し口から各自が一つずつ取り出すようになっているのだろうか。。。実際に缶詰を購入していないので、その辺は不明。当然ながら、味のほうも試していないので不明。。。
2008年02月05日
危うく火事に…
ガスコンロに火をかけたまま、何かほかのことに気をとられてしまった。その僅かな間に引火。
たまたま焦げ臭さで気づいたが、もし寝てしまっていたらと思うとゾッとする。翌日の朝刊の見出しは、「大仏似の男性会社員、焼死体で発見」とか「通い妻に見捨てられ!?孤独を苦に焼身自殺か?」になっていたことであろう。
ちょっとした心のスキが注意力散漫を招く。この季節、空気も乾燥しがち。気持ちを引き締めなければ。自身に猛省を促したい。
2007年11月23日
ブログのアクセス解析(検索キーワード編-2)
今年の春に一度、ここのブログへアクセスする際にどのような検索キーワードが使われているかを解析した結果を紹介する日記をアップしたことがあるが、その後しばらくの時が経過してきているなかで、どのような変化があるかみてみると、上の画像のような結果に。
上の結果は今月の上旬のある日のアクセスを第1位は「柿田川湧水群」。確か先日の日記で、湧水群と付近にある麦とろ飯の店を紹介しており、加えて季節的にも湧水群を訪ねるにはちょうど良いことも重なり、その影響もあってか第1位という結果には頷ける。
第2位の「エル」から第6位「野毛」までは全て同数。第2位「エル」と第4位「ニョスキ」は、ここと相互リンクしている「横浜ほにゃらら日記」の管理人アリーマ氏の生誕祝賀会を催したスペインバル「エルニョスキ」が該当するのであろう。
で、第3位「ハーレム男」だが、これは私のことを直接意味しているのではなく、今の日本が世界でどのように報じられているかを記事にした際に言及した自称占い師の「ハーレム男」が起こした女性軟禁事件に対応しているものと思われる。
第5位は「乙さん」。これは、要するに名指しで検索をかけてくださった結果、ここのブログに到達されたことを意味するのであろう。直接、名指しとは嬉しい限り。指名料などは決して請求するつもりはない。。。指名されるだけありがたいと思え、というのが大方の意見であろう。
第6位「野毛」。会社帰りに立ち寄る店が野毛にある場合が多く、ここでも取り上げる率も高いことが影響しているのであろう。ただ、「野毛」と入力して検索しても、他のより優れたサイトが検索結果の上位に登場するはず。ここのブログは、決して野毛だけに焦点を絞っているわけではないのだから。
第7位「オレゴン」から第10位「お田幸」は、これまた同数。第7位の「オレゴン」は、つい先日アップした記事が影響しているであろうことは言うまでもない。第8位の「野毛の寿司屋」は不明。第9位は、上大岡にある私のお気に入りのカレー屋「サニータージ」。屋号はタージマハルに由来しているようで実は違うということはこちらの日記で既に述べた。そして、第10位の「お田幸」は野毛にある焼鳥屋。
全体として、飲食に関係するキーワードによる検索の結果、幸か不幸かここのブログに辿り着いてしまわれるケースがまだ多い様子が窺われるものの、「柿田川湧水群」や「ハーレム男」といったキワードが上位に食い込んできたことは、ここのブログで取り扱うカテゴリの裾野が広がりつつあることを示している。
2007年10月14日
一時的な回復…で、再セットアップ
久しぶりの更新となります。
パソコンに詳しい知人などから言わせると、年がら年中パソコントラブルに見舞われている原因として、次のような原因があるのではないかとのこと。その指摘とは。。。
(1) そもそも、Windowsを使っていること自体が間違い…
(2) 故意にパソコンに衝撃を与え過ぎ…
パソコンの技術的なことについては私は全くの門外漢なので、WindowsとMacがどう違うのかさ分からない。後者がハンバーガーのマクドナルドの親戚かもと本気に思っていたぐらいである。
何はともあれ、数十回目のOS再セットアップの結果、今、こうして再びネットに接続することができた。接続とはいっても一時的なものに過ぎないのは明らか。電源を一旦落として明日の朝に起動しても、恐らくは無味乾燥なエラーのメッセージが画面に表示されるだけであろう。で、再びOSをインストールした後、無線LANとアンチウィルスソフトのインストールを経て、さらにWindowsのUpdateや私好みの各種ソフトのインストールを含めた計十数時間に及ぶ手順を踏むことになる。
ということで、記事のコンスタントなアップもままならない状態が続き、当面はきちんとした更新が滞ると思いますが、引き続きご支援を賜りますようお願いします。
2007年09月25日
中秋の名月
今宵は、中秋の名月。
古来より旧暦の8月(新暦では9-10月ごろ)は、乾燥した空気により月が見えやすく、加えて夜もそれほど冷え込まないため、観月に最も良い時節とされていた。
十五夜お月さんを眺めながら、私は何をつまもうか。。。月餅かそれとも月見バーガーか。。。やはり観月にはサンマーメンであろう、ということで、港南台にある島屋に入っている南国酒家を訪ねるも、サンマーメンがメニューにないので普通の汁そばを注文。。。汁そばは後日、掲載することとしよう。
明後日の27日は満月。。。
2007年09月07日
体調不良…
見るからに華奢な体つきの私のことだから、月に1回ぐらいか年に1回ぐらいは具合の悪い日がある。今、偏頭痛と左半身の痺れに悩まされており、実はこの症状が2週間ほど続いている。そろそろ寿命かとも思ったが、20代後半という若さでこの世を去るわけにはいかない。
悩ましい姿勢をしながら、でん部の左側と左脚の付け根(要するに間接)の部分をまさぐってみると、一カ所だけ妙に痛むところがある。何かシコリのようなものがあるわけではないが、どこかにぶつけた打撲に似た痛みを覚える。
その部分は、ちょうど会社や自宅で座る椅子と接触して体重がかかる部分でもあるので、そのせいかも知れぬ。長時間にわたる同じ姿勢により神経が圧迫され続けてきた結果なのかもしれない。そう思い、昨晩は風呂で温まった後、寝る前にでん部から左足首にかけて左脚の側面ラインを自分の手でナデナデとモミモミをしてみた。が、今朝もまだスッキリとはしない。
一方の偏頭痛だが、日によって左側面の痛みが続いたり、右側上部に移ったり、はたまた後ろだったり脳天だったりと。。。これを偏頭痛と呼ぶのか、はたまた気まぐれ頭痛と呼ぶのかは、医者でもない私が正式な病名など知る由もない。私は生来の薬嫌いのため、薬も飲まないのも原因かもしれない。
痺れと頭痛以外にも、最近では肩凝りにも悩んでいる。パソコン画面と睨めっこし過ぎなのか、コメカミから首の後ろまでが、鉛のように重く感じられる。これらの症状に加えて、起床時だけなのだが、両足のカカトが痛む。起き抜けに歩き出そうとすると、体重がかかるカカトの部分が圧迫されてか、妙に痛む。
胴体と腕を除き、身体を形成する各パーツに痛みや痺れがある生活を送るのは少しキツい。カイロプラクティックやマッサージのようなところに行くべきなのか、それとも内科がいいのか、それさえも分からない。一つ思い当たるのは、やはり会社や自宅でパソコンをやりながら長時間にわたって同じ姿勢でいることに何かしらの原因があるのかもしれない。それと運動不足が加わり、症状をより一層悪化させているような気がしてならない。
そして、これに追い討ちをかけるように、会社でのストレスが覆いかぶさってくる。サラリーマンである以上、会社でのストレスとは常に上手に付き合っていかなくてはいけないのが宿命だが、最近、癒しとの接触が皆無な生活を送っているため、心身ともに疲れきっているのかも知れない。
こういうときにこそ旨いものを食し、少しでも元気にならなくてはならない。考えてみれば、今宵は読者とのオフ会。テーマはうなぎになる予定。夜の7時から横浜の野毛にあるうなぎ屋にて挙行の予定。うなぎのパワーで少しは症状が回復すればと願う次第。。。
悩ましい姿勢をしながら、でん部の左側と左脚の付け根(要するに間接)の部分をまさぐってみると、一カ所だけ妙に痛むところがある。何かシコリのようなものがあるわけではないが、どこかにぶつけた打撲に似た痛みを覚える。
その部分は、ちょうど会社や自宅で座る椅子と接触して体重がかかる部分でもあるので、そのせいかも知れぬ。長時間にわたる同じ姿勢により神経が圧迫され続けてきた結果なのかもしれない。そう思い、昨晩は風呂で温まった後、寝る前にでん部から左足首にかけて左脚の側面ラインを自分の手でナデナデとモミモミをしてみた。が、今朝もまだスッキリとはしない。
一方の偏頭痛だが、日によって左側面の痛みが続いたり、右側上部に移ったり、はたまた後ろだったり脳天だったりと。。。これを偏頭痛と呼ぶのか、はたまた気まぐれ頭痛と呼ぶのかは、医者でもない私が正式な病名など知る由もない。私は生来の薬嫌いのため、薬も飲まないのも原因かもしれない。
痺れと頭痛以外にも、最近では肩凝りにも悩んでいる。パソコン画面と睨めっこし過ぎなのか、コメカミから首の後ろまでが、鉛のように重く感じられる。これらの症状に加えて、起床時だけなのだが、両足のカカトが痛む。起き抜けに歩き出そうとすると、体重がかかるカカトの部分が圧迫されてか、妙に痛む。
胴体と腕を除き、身体を形成する各パーツに痛みや痺れがある生活を送るのは少しキツい。カイロプラクティックやマッサージのようなところに行くべきなのか、それとも内科がいいのか、それさえも分からない。一つ思い当たるのは、やはり会社や自宅でパソコンをやりながら長時間にわたって同じ姿勢でいることに何かしらの原因があるのかもしれない。それと運動不足が加わり、症状をより一層悪化させているような気がしてならない。
そして、これに追い討ちをかけるように、会社でのストレスが覆いかぶさってくる。サラリーマンである以上、会社でのストレスとは常に上手に付き合っていかなくてはいけないのが宿命だが、最近、癒しとの接触が皆無な生活を送っているため、心身ともに疲れきっているのかも知れない。
こういうときにこそ旨いものを食し、少しでも元気にならなくてはならない。考えてみれば、今宵は読者とのオフ会。テーマはうなぎになる予定。夜の7時から横浜の野毛にあるうなぎ屋にて挙行の予定。うなぎのパワーで少しは症状が回復すればと願う次第。。。
2007年08月18日
夏の風物詩
実家にて。
夏とはいっても、既に残暑見舞いの時期になってしまったが。。。
夜、線香花火に火をつけてみる。幼少からの思い出が、走馬灯のように駆け巡る。
それにしても、毎日、暑いザンショ。。。お、オヤジ。。。
2007年08月01日
ブログの「顔」
このブログの左上に鎮座まします大仏はいつも読者の方向である正面を向いているので、たまには斜めの角度から撮ったのをアップするのも一興かと思い立ち、撮影に出向く。
鎌倉駅からは、江ノ電に乗るとその分の電車賃がかかるため、貧乏な私は由比ガ浜通りをひたすら西へ向かう。徒歩で20分ぐらいであろうか、到着後、早速、私が(に?)酷似しているという大仏の姿を認める。さすがはオリジナル、私には到底及びもつかない人品骨柄いやしからぬ風格が漂っている。
仏教徒でないので詳細は知らないが、この鎌倉大仏のある寺の正式名称は「大異山高徳院清浄泉寺」という。国宝の銅造阿弥陀如来坐像、いわゆる鎌倉のシンボル的な存在で知られる鎌倉大仏を本尊としている割には、開山を含めた草創について不明な点が多いとされている。
折角なので、ブログの「顔」を正面のものから斜め顔に変えてみようと思うが、いかがであろうか。野毛界隈で私のことを指す場合、ある特定の野毛ラーの間だけではあるが「あの大仏似のオヤジ」で通用してしまうほど、既に私の代名詞と化した大仏だが、そろそろ向きを変えてみてもいいかもしれない。
2007年07月11日
素敵な巡りあい…
ある日の昼下がり、職場でいつものように、まるで受付嬢にでもなったかのように受付カウンターに座って来客者の名簿を整理していると、カウンターの目の前の廊下を歩く「コツ、コツ」という足音と一緒に、「乙さん」と私の名を呼ぶ囁き声がするではないか。
てっきり空耳かと思って気にも留めずにいたら、数秒後に足音がピタリと止んだので、書類から目を離して恐る恐る頭を上に持ち上げてみると。。。何とカウンターのすぐ向こう側に、「乙さん」と囁いたであろう声の主がこちらをニコッと微笑んでいる姿が目に入るではないか。
その不敵な笑みを浮かべる人物は、何とこことリンクしている某ブログの管理人。なぜ、カウンターに受付嬢のように鎮座する私が下を向いて書類を眺める姿から「乙さん」と同一人物であることを断定できたのか実に不思議ではあるが、その辺は深く問わないようにしておく。察するに、いかに受付嬢のマネをしたところで大仏であることに変わりないという考えが、その方の考えの根底にあったのかもしれない。
その読者は多少なら時間があるというので、私は受付の仕事をホッポリ投げ、近くの喫茶店にお誘いする。昼間からビールというわけにはいかないので、ソフトドリンクを注文。読者と私は柄にもなくオレンジジュースをいただく。
読者:「乙さん、下向いてちゃ受付嬢の仕事はできないよ」
私:「たまたま来客者名簿の確認作業の途中だったので…」
読者:「でも、正面向いたら大仏嬢だから、客はビビッて逃げるね」
私:「そうですな。そこが悩みで…って、え?し、失敬なッ!」
などといった会話をしたかどうか記憶は定かではないが、ほぼこのような内容で間違いないのではないかと思う。読者と私は、解けかかった氷の隙間にストローをねじ込ませて、残り少なくなったオレンジジュースをネズミのようにチューチューと吸い上げる。
午後の素敵な巡りあい…
ところで、読者がわが社にいらしたご用向きは一体何だったんだろう。車でも購入してくださる予定だったのだろうか、それともコーヒーメーカーを売りにいらしたのだろうか。。。それすらもお伺いせずに。。。私は受付嬢失格だな。。。
てっきり空耳かと思って気にも留めずにいたら、数秒後に足音がピタリと止んだので、書類から目を離して恐る恐る頭を上に持ち上げてみると。。。何とカウンターのすぐ向こう側に、「乙さん」と囁いたであろう声の主がこちらをニコッと微笑んでいる姿が目に入るではないか。
その不敵な笑みを浮かべる人物は、何とこことリンクしている某ブログの管理人。なぜ、カウンターに受付嬢のように鎮座する私が下を向いて書類を眺める姿から「乙さん」と同一人物であることを断定できたのか実に不思議ではあるが、その辺は深く問わないようにしておく。察するに、いかに受付嬢のマネをしたところで大仏であることに変わりないという考えが、その方の考えの根底にあったのかもしれない。
その読者は多少なら時間があるというので、私は受付の仕事をホッポリ投げ、近くの喫茶店にお誘いする。昼間からビールというわけにはいかないので、ソフトドリンクを注文。読者と私は柄にもなくオレンジジュースをいただく。
読者:「乙さん、下向いてちゃ受付嬢の仕事はできないよ」
私:「たまたま来客者名簿の確認作業の途中だったので…」
読者:「でも、正面向いたら大仏嬢だから、客はビビッて逃げるね」
私:「そうですな。そこが悩みで…って、え?し、失敬なッ!」
などといった会話をしたかどうか記憶は定かではないが、ほぼこのような内容で間違いないのではないかと思う。読者と私は、解けかかった氷の隙間にストローをねじ込ませて、残り少なくなったオレンジジュースをネズミのようにチューチューと吸い上げる。
午後の素敵な巡りあい…
ところで、読者がわが社にいらしたご用向きは一体何だったんだろう。車でも購入してくださる予定だったのだろうか、それともコーヒーメーカーを売りにいらしたのだろうか。。。それすらもお伺いせずに。。。私は受付嬢失格だな。。。
2007年07月07日
裏ブログの読者からのメール
私が案外と力を入れ始めている裏ブログの読者からメールが届き、唖然。私がここのブログの管理人と同一人物であることがバレた(笑)。
なぜ分かったかというと、決め手になったのは何といってもトップページに鎮座まします大仏画像。やはり、バレたか。。。読者のアドバイスを聞き入れ、即座に画像を別のもにすることとした。
語調、人称の呼称、文体、内容、レイアウトを全て変え、全く別の印象を醸し出す工夫をしたつもりだが、やはり大仏画像が決め手となってバレてしまう結果に。
それにしても、この大仏画像はさておき、よくぞ裏ブログにまで辿りついたものだと、不思議でならない。。。
2007年05月18日
ブログがバレたら即閉鎖!?
ここのブログへの実質的なアクセス数は、以前の日記にも記した覚えがあるが1日平均5-10件であろう。その読者の中で実際に自らブログを運営されていらっしゃる方は半数ぐらいはいらっしゃるのではないかと、私は勝手に想像している。仮に今日アクセスしてくださった訪問者が10名いらしたとして、その半数の5名がブログをもっていらっしゃるとすると、一体その5名はご自身のブログの存在をどこまでオープンにしているのだろうか。ふと、素朴な疑問がわいてくる。
特段、私のブログの読者に限定しなければならないということは全くないが、全国的にどういう傾向にあるのだろうか。考えられるケースを挙げると、会社や家族には内緒だがある特定の友達だけにはブログのことを話している場合や、身内だけは知っているが他人には内緒といった場合。はたまた、自分個人以外は家族であろうと秘密で、ネット上で知り合った顔の見えない相手のみが知っている、といった場合もあるに違いない。
会社や友人、そして家族に知れ渡っているものであれば、もはや隠し立てする必要は全くないわけで、堂々としていれば良いだけの話。ただ、問題は、ある特定の人だけにしか公開していないケースや、周囲には全く非公開でネット上という空間でのみ知り合った人だけに公開されているケースであろう。ここで「問題」という語を使用したのは、社会的に問題があるという意味ではなく、思わぬところで知られたくない人にバレたとき、その人の心の中では大いに「問題」となる、といった意味である。周囲に公開している人にとっては、なぜこそこそとブログなんかするのだろう、と素朴な疑問を持つかもしれない。が、当人にとってはそれは大きな「問題」となるのが事実。
そもそも、人によってブログの意味するところが違うのではないだろうか。言い換えれば、ブログに対する考え方が人によって異なるということ。人によっては、ブログとは単に日々の徒然な出来事を徒然なるままにつづるものであり、また、自分自身のネタをネットで発信することで虚栄心を満たす道具にもなり得るものであろう。またある人にとっては、家族、友人、会社に対しても閉ざしていたい自分自身の本当の姿を、ネットという相手の顔が見えない空間のなかで誰はばかることなく自己を遠慮なく発揮できる唯一の安らぎの場ともなろう。
特に「公開度」が低いブロガーにとっては、秘密にしておきたいカテゴリーの人たちに自分のブログの存在を知られることほど恐ろしいことはないのではないかと推察する。知られるということは、イコール、バレるということだが、彼らにとってそのバレということは即ち、自分がどちらかというと拒否したい人たちに土足で自分の領地や心の中を勝手に踏み荒らされるのと同じことを意味する。だから、何があろうと、ブログの存在は秘密にしようとするし、万が一、バレそうにでもなったら、自分の大切な記事であろうとも、即刻閉鎖することもいとわないケースだってあり得る。
大事な思い出が詰まったブログであればこそ、踏み荒らされる前に、自分で処分してしまおうという考えが根底にあるのではないかと想像できる。戦争当時、相手国の攻撃でどうにもならなくなった非常事態に陥り、残るは降伏して捕虜になるしか道が残されていないような状況下で、自国の軍当局からの勧めもあったことがあるにせよ、不本意ながらも自決の道を選ばざるを得なかった人たちの筆舌に尽くしがたい苦渋の思いと重ね合わせてしまう。もちろん、戦争の悲惨さとは到底比較にはならないが、この平和が当たり前になった時代、ブログ一つバレることすら、実に由々しき問題となって当人の心の中を暗く支配するのである。
そこまでの危険を冒してまでどうしてブログを、なぜ紙ベースの日記に変えないのか、と思ってしまうが、それはそれで個人の自由采配であり、他人にとやかく言われる筋合いのものではないのであろう。自分でブログを立ち上げ、どんな理由であれ閉鎖も自分の判断で行うのであれば、何ら社会に対して迷惑はかけていないことになる。私の場合、信頼できる取引先の知人数名にのみ、ブログの存在を明らかにしているが、その方は口が堅いため、幸いかな、今のところはバレてはいない。バレたらバレたで、開き直るが、即閉鎖すればよいだけの話。。。
かようなこと憂えてか、ある人はブログのバックアップを勧めている。バックアップとは単に画像とテキストをデータで残しておくという意味ではない。同じ写真と同じ文章表現であれば、語句検索などで直ぐに再発見されてしまう。これを防ぐため、メインのブログとサブのブログを分けるそうだ。場合によては、3つに分けることも視野に入れることも必要であると示唆している。要するに、全く違う内容の記事をアップするための、いわゆる「裏ブログ」を始めるということではなく、内容はそのまま尊重しながらも表現をがらりと変えたブログを立ち上げるということ。
サブとなるブログでは、写真はアングルと露出を変え、あたかも別人が写したものであるがごときの印象付けを行い、最もバレやすい文章テキストは適宜にパラフレーズ、即ち書き換えをする。。。このパラフレーズという作業が実は最も困難なのだが、これをやらなければメインとサブとを分ける意味が全くないとしている。また、このパラフレーズも、狭義の意味ではなく、かなり拡大解釈することが必要となる。要するに別人が全く別の視点で捉えている印象を醸しだすことを念頭に置く必要があることだという。元の記事にあった事柄を取捨選択しながらパラフレーズするわけである。
例えば、ある店の料理を題材に記事を書く場合、一方では「ずっと食べ続けていたいほどの…」と表現し、もう一方では「万人が好む普遍的な料理が多い中で一際強い旨みが感じられる…」と表現を変える。突き詰めると、メインがサブにもなり、また逆にサブがメインにもなり得るということ。だが、ここで肝心なのは、本人はこの料理に対して美味しさを前向きに感じている、ということにウソはないということ。ここが大きくブレると、単なる二重ブログで終わる。
より具体的な例を次に示そう。。。と思ったのだが、それは意味がないことなので止めておくことに。何はともあれ、閉鎖する事態になったら、しばらくの小休止のインターバルを経た後、移転先を探さねばなるまい。。。過去、2度ほど移転を余儀なくされているので、慣れたもの(笑)。
特段、私のブログの読者に限定しなければならないということは全くないが、全国的にどういう傾向にあるのだろうか。考えられるケースを挙げると、会社や家族には内緒だがある特定の友達だけにはブログのことを話している場合や、身内だけは知っているが他人には内緒といった場合。はたまた、自分個人以外は家族であろうと秘密で、ネット上で知り合った顔の見えない相手のみが知っている、といった場合もあるに違いない。
会社や友人、そして家族に知れ渡っているものであれば、もはや隠し立てする必要は全くないわけで、堂々としていれば良いだけの話。ただ、問題は、ある特定の人だけにしか公開していないケースや、周囲には全く非公開でネット上という空間でのみ知り合った人だけに公開されているケースであろう。ここで「問題」という語を使用したのは、社会的に問題があるという意味ではなく、思わぬところで知られたくない人にバレたとき、その人の心の中では大いに「問題」となる、といった意味である。周囲に公開している人にとっては、なぜこそこそとブログなんかするのだろう、と素朴な疑問を持つかもしれない。が、当人にとってはそれは大きな「問題」となるのが事実。
そもそも、人によってブログの意味するところが違うのではないだろうか。言い換えれば、ブログに対する考え方が人によって異なるということ。人によっては、ブログとは単に日々の徒然な出来事を徒然なるままにつづるものであり、また、自分自身のネタをネットで発信することで虚栄心を満たす道具にもなり得るものであろう。またある人にとっては、家族、友人、会社に対しても閉ざしていたい自分自身の本当の姿を、ネットという相手の顔が見えない空間のなかで誰はばかることなく自己を遠慮なく発揮できる唯一の安らぎの場ともなろう。
特に「公開度」が低いブロガーにとっては、秘密にしておきたいカテゴリーの人たちに自分のブログの存在を知られることほど恐ろしいことはないのではないかと推察する。知られるということは、イコール、バレるということだが、彼らにとってそのバレということは即ち、自分がどちらかというと拒否したい人たちに土足で自分の領地や心の中を勝手に踏み荒らされるのと同じことを意味する。だから、何があろうと、ブログの存在は秘密にしようとするし、万が一、バレそうにでもなったら、自分の大切な記事であろうとも、即刻閉鎖することもいとわないケースだってあり得る。
大事な思い出が詰まったブログであればこそ、踏み荒らされる前に、自分で処分してしまおうという考えが根底にあるのではないかと想像できる。戦争当時、相手国の攻撃でどうにもならなくなった非常事態に陥り、残るは降伏して捕虜になるしか道が残されていないような状況下で、自国の軍当局からの勧めもあったことがあるにせよ、不本意ながらも自決の道を選ばざるを得なかった人たちの筆舌に尽くしがたい苦渋の思いと重ね合わせてしまう。もちろん、戦争の悲惨さとは到底比較にはならないが、この平和が当たり前になった時代、ブログ一つバレることすら、実に由々しき問題となって当人の心の中を暗く支配するのである。
そこまでの危険を冒してまでどうしてブログを、なぜ紙ベースの日記に変えないのか、と思ってしまうが、それはそれで個人の自由采配であり、他人にとやかく言われる筋合いのものではないのであろう。自分でブログを立ち上げ、どんな理由であれ閉鎖も自分の判断で行うのであれば、何ら社会に対して迷惑はかけていないことになる。私の場合、信頼できる取引先の知人数名にのみ、ブログの存在を明らかにしているが、その方は口が堅いため、幸いかな、今のところはバレてはいない。バレたらバレたで、開き直るが、即閉鎖すればよいだけの話。。。
かようなこと憂えてか、ある人はブログのバックアップを勧めている。バックアップとは単に画像とテキストをデータで残しておくという意味ではない。同じ写真と同じ文章表現であれば、語句検索などで直ぐに再発見されてしまう。これを防ぐため、メインのブログとサブのブログを分けるそうだ。場合によては、3つに分けることも視野に入れることも必要であると示唆している。要するに、全く違う内容の記事をアップするための、いわゆる「裏ブログ」を始めるということではなく、内容はそのまま尊重しながらも表現をがらりと変えたブログを立ち上げるということ。
サブとなるブログでは、写真はアングルと露出を変え、あたかも別人が写したものであるがごときの印象付けを行い、最もバレやすい文章テキストは適宜にパラフレーズ、即ち書き換えをする。。。このパラフレーズという作業が実は最も困難なのだが、これをやらなければメインとサブとを分ける意味が全くないとしている。また、このパラフレーズも、狭義の意味ではなく、かなり拡大解釈することが必要となる。要するに別人が全く別の視点で捉えている印象を醸しだすことを念頭に置く必要があることだという。元の記事にあった事柄を取捨選択しながらパラフレーズするわけである。
例えば、ある店の料理を題材に記事を書く場合、一方では「ずっと食べ続けていたいほどの…」と表現し、もう一方では「万人が好む普遍的な料理が多い中で一際強い旨みが感じられる…」と表現を変える。突き詰めると、メインがサブにもなり、また逆にサブがメインにもなり得るということ。だが、ここで肝心なのは、本人はこの料理に対して美味しさを前向きに感じている、ということにウソはないということ。ここが大きくブレると、単なる二重ブログで終わる。
より具体的な例を次に示そう。。。と思ったのだが、それは意味がないことなので止めておくことに。何はともあれ、閉鎖する事態になったら、しばらくの小休止のインターバルを経た後、移転先を探さねばなるまい。。。過去、2度ほど移転を余儀なくされているので、慣れたもの(笑)。
2007年05月03日
禁酒10日目を迎えて。。。
先週の火曜日に体調を崩し、その後、病院で処方していただいた薬を服用し続けてきたが、若干の改善はみられたものの、まだ体調が芳しくない。一応、風邪のようだが、なんだか今年のはタチが悪く長引くケースが多いとの噂も耳にする。
折角の連休も、今のところは殆ど家で燻っている状態を続けており、極力、外出しないようにしている。老親も息子である私を気遣ってかわざわざ見舞いに訪ねてくれたが、訪問は感謝しつつも、うつるといけないので早々に帰宅願った次第。老人がこの風邪を引いたら、後がもっと大変になる。
体調を崩してから今日でちょうど10日目になる。ということは、酒も10日間、一滴たりとも口にしていないということを意味する。最初は控えなければという気持ちがあったが、途中から、飲みたくもない、見たくもない、と思うようになってしまい、こうも気持ちが変わるものだなぁ、と妙に感心している自分に気づかされる。
まだ体調が芳しくないとはいっても、頭痛、喉の痛み、腰痛は少し改善してきている。後はちょっとした気だるさと咳、それから胸部の違和感を残すのみとなった。禁酒10日ということで、そろそろ解禁し、例えばとりあえずの快気祝いでもしてみようかと思うようになった。だが、快気祝いとは本来、見舞い等で世話になった周囲の人たちへの感謝の気持ちを内祝いとして表すものであって、自分が元気になったことを自分でお祝いしても、何の意味ももたない。それは、単なるいつもの単独一献の病み上がりバージョンに他ならない。。。
ただ、面白いことに、物事には大抵、拡大解釈というものが付き物。特にわが国の社会ではこの傾向が強く、拡大解釈をなくしてスムーズなビジネスは成り立たないといっても過言ではない、といった一面すらあるのではないかと思ってしまう。「なーなー」的な文化も、これに端を発しているとも想像できる。この拡大解釈をもってすれば、風邪で臥せていた自分自身へのお慰めという意味で、快気祝いを執り行っても周囲から野次は飛んではきまい。
ということで、この連休中、無理をしてでも酒を口にしてみようと思う。あまり飲みたいとは思わないがこのままでは本当に酒嫌いになってしまいそうで、それがむしろ怖い。また、スタミナをつけるべく、この10日間、ほぼ野菜しか口にしていないので、そろそろ四本足の獣肉も一日限りの限定で解禁してみようかと思う。
解禁の模様は、追ってアップすることとしたい。
2007年04月27日
風邪でダウン
今週の月曜日にある場所で飲み、自宅に戻ってほぼ全裸状態でソファの上で寝てしまった翌日の朝、気分がイマイチのまま職場に向かったが、午後になってちょっと体調の変化に気がついた。そのまま無視し続けていたら、翌々日の水曜日の昼になり体調がぐんと悪化した。
上司の許可を得て水曜日の午後は早退させてもらい、午後の間、ずっと自宅の布団でうずくまったものの、一向に回復の兆しが見えない。医者が苦手な私としては、生命の危機に瀕しない限り医者に行くべからず、と自分自身に言い聞かせているので、当然ながら処方された薬がない。
木曜日、何とか会社に辿り着き、何とか一日持ち堪えたが、体調はかなり悪化してきている。前日、早退させてもらっているので、サラリーマンとしてはまさか2日連続で今日も早退という訳には到底いかない。とりあえず、木曜日はじっと我慢の子と化す私であった。
明けて今日、金曜日。体調は一段と悪く、立ち眩みもする。食欲はあるのだが、何が食べたいのかすら自分で判断ができない。来客や電話の応対も、まるでセリフの棒読み状態。我慢しきれないので、午後にでも医者にかかるとするか。。。
頭痛、腰痛、喉痛で苦しい。。。
上司の許可を得て水曜日の午後は早退させてもらい、午後の間、ずっと自宅の布団でうずくまったものの、一向に回復の兆しが見えない。医者が苦手な私としては、生命の危機に瀕しない限り医者に行くべからず、と自分自身に言い聞かせているので、当然ながら処方された薬がない。
木曜日、何とか会社に辿り着き、何とか一日持ち堪えたが、体調はかなり悪化してきている。前日、早退させてもらっているので、サラリーマンとしてはまさか2日連続で今日も早退という訳には到底いかない。とりあえず、木曜日はじっと我慢の子と化す私であった。
明けて今日、金曜日。体調は一段と悪く、立ち眩みもする。食欲はあるのだが、何が食べたいのかすら自分で判断ができない。来客や電話の応対も、まるでセリフの棒読み状態。我慢しきれないので、午後にでも医者にかかるとするか。。。
頭痛、腰痛、喉痛で苦しい。。。



