
横浜の日ノ出町にある居酒屋「お秀」にブラリと立ち寄った際、たまたま同店に居合わせた読者の方と話が盛り上がり、店を出た後、〆炭にご一緒させていただくという展開になった。
その日、私はママの素敵な笑顔を求めて「お秀」に立ち寄り、そのまま真っ直ぐ帰途に就く予定だったが、当初お互い勝手にリンクし合って今では相互リンクという形で落ち着いている「
住まいは海の近く」の管理人seikoMTD氏と同店で偶然にもお会いしたため、折角なのでという理由で一緒に〆炭の儀式を執り行う運びとなった。
氏は私のブログの右側コラムで紹介している通り、「横浜を舞台に活躍する敏腕ビジネスパーソン」を絵に描いたような紳士で、そのブログたるや、ご自身の「ダンディズムの極みに満ちた日々」が独特の文体でつづられており、読み応え十分な書物に匹敵する。
そんなseikoMTD氏との会話は、互いにサラリーマンという強力な共通項が後押ししてか、互いの仕事や趣味の話まで多岐にわたった。氏がキープされていらしたボトルまでお相伴にあずかりながら、会話は周りが羨むほど果てしなく続いた。
seikoMTD氏:「君が大仏似の乙さんかね」
私:「さようで」
seikoMTD氏:「似ているというより、大仏そのものじゃないのかね」
私:「そう宣う読者も多いようで…」
seikoMTD氏:「君のブログはたまに読ませてもらっているよ」
私:「私も貴殿のを拝読しておりまする」
seikoMTD氏:「そうかね、よしよし」
私:「して、seikoMTD殿も聖子ちゃんに似ていらっしゃいまするなぁ」
seikoMTD氏:「そうかね、君も世辞が上手いねぇ」
かような会話をしたかどうかは記憶の外だが、そろそろお秀の閉店時間が近づいてきたということもあり、seikoMTD氏と私は、あたかも10年来の知人が暗黙の了解の内に既に取り決めていたコースであるが如く、ごく自然な成り行きとして〆炭の店に向かった。
ただ、同じ〆炭でも、唐辛子が決め手の華隆餐館にするか、或いは無難な博多ラーメンにするかで意見が大きく対立、否、単に候補が2つになっただけなのだが、病み上がりの私の内臓を労わるという意味で、また、私にとってもまだ未開拓の方にしようということで、博多長浜ラーメン「たつ屋」に向かうこととした。
「たつ屋」はそのチャーシューの大きさで各方面で話題となっているが、果たしてどれほどまでに大きいものなのだろうか。四本足を食さない私にとっては、チャーシューの大きさなどどうでも良いことなのだが、器をほぼ覆いつくすほどの大きさだというので私も興味を抱いた。
実際の大きさは、冒頭の画像の通り。ただ、時として、麺が見えないほどの大きさのチャーシューが登場するとの情報もあるという。小さいのにたまたま巡りあっただけなのか、それとも店として大きさを縮小させたのか、また或いは、私の健康を気遣って店側が自主的に小さめのを提供してくださったのか、その辺は店側のみが知っていること。
チャーシューの大きさを云々することよりも、日常の社会生活における仕事への情熱や家族への直向な愛情を持ち続けるseikoMTD氏から多くのことを学ばせていただいたことのほうが、むしろ、私にとって遥かに大きな意味を持ったことは事実。氏が語る言葉一つ一つが社会的な教訓に富んでおり、そして経済界における長年の経験に裏打ちされた含蓄ある言葉として、私の心にしみこんでいく。