2007年05月16日

ミナト横濱を歩く

私がたまに参加させていただいている「お散歩友の会」が主催する5月例会に参加し、ミナト横濱を歩いた。ミナト横濱といえば、2年後の2009年に迎える横浜開港150周年記念を控え、行政や各団体がプレイベントなどを順次実施しているところであり、横浜市民のみならず近隣の市町村にお住まいの方々にも、その噂は伝わっているのではないかと思う。

今回の参加者は全部で9名。みなとみらい線の「日本大通り駅」の3番出口で待ち合わせ、その出口の上にある新聞博物館を見学。同館が入っているビルは、かつて戦後の横浜経済を再び復興させたいとする地元の強い意向を反映して建設された旧商工奨励館として知られている。このビルが最近リニューアルされ、横浜情報文化センターとして市民に親しまれている(参考日記:『KPシール』)。

一行はまず、2Fに上がり、チケットを各自購入して自由に見学。私にとっては今回で3回目の訪問となるが、毎回、新しい発見がある施設であり、何度来ても飽きないのが魅力。私は、2Fにあるミニシアタールームで新聞の生い立ちを分かりやすく伝える15分間の短編映像があったので、それを視聴。暗い部屋に入ると何と観客は私のみ。私以外の8名の参加者は、ここを素通りされた模様。一行からは少し遅れてしまうが、出口で11時半に待ち合わせということなので、私一人で視聴することに。

070513-yoshucharo (1).JPG

新聞博物館の次は、そろそろ昼に近いということもあり、中華街で食事を摂ることに。入ったのは、会を取り仕切るリーダーご推奨の中国料理「揚州茶樓」。個室しか空いていないので、一品料理かコース料理のみとなったが、それぞれ自身の食欲と相談しながら、好みのものをオーダー。上の写真は、私が注文した五目焼きそば。普段いただく焼きそばの麺とはだいぶ太さが異なり、一味違う焼きそばを賞味できたことは特筆したい。

中華料理で腹を満たした一行は、次に大さん橋を目指して、歩き始める。が、途中で急に体調を崩された女性参加者がいらしたので、その方は大事を取って帰宅することとなった。折角の横浜訪問で実に残念ではあるが、彼女の健康には代えられないため、帰宅が最良の判断であっただろう。

070513-osanbashi-mm21 (2).JPG

8名になった一行は交差点で彼女を見送り、次の目的地である大さん橋を目指した。大さん橋の表記だが、「大桟橋」ではなく「大さん橋」とひらがなを使用するのが正式。単に大きな桟橋という意味であれば、「大桟橋」と漢字表記で構わないが、ここ横浜の客船ターミナルは固有名詞として「大さん橋」と表記するのが一般的。なお、大さん橋から、横浜三塔(キング、クイーン、ジャック)が同時に見渡せる。

070513-akarengasoko-event.JPG

大さん橋のウッドデッキでしばし休憩した後、一行は横浜赤レンガ倉庫に進んだ。最近整備された開港プロムナードをゆっくりと歩き、赤レンガ倉庫に到着すると、なにやら催し物をやっているような騒音。配られているビラを見ると、関東地方の約50の大学の学生が運営する「横浜学生の祭典」なるイベントが開催されていた。広場中央に設置されたリングでは、学生プロレスのプレ試合のようなものをやっており、イギリス人風の若者と日本の若者とが楽しげにプレーしていた。その試合を実況中継する学生らの声は絶叫にも近く、それがさらにスピーカーで拡大されて大音量となって鳴り響いていた。中継で使われている言葉遣いや表現たるや実に若々しく、その学生ならではの品格ゆえに驚きの感情を禁じ得なかった。

赤レンガ倉庫を後にした一行は、JR根岸線の桜木町駅前にて解散。後は、自由行動となった。桜木町まで来たからには、ここと相互リンクしている「粋なおやじのひとり言」の管理人、粋なおやじ氏が切り盛りする小料理処「一菜」に行かねばなるまい。氏にメールしたところ、この日は休日で、店は休業とのこと。仕方なく、私は地下鉄に乗り、上大岡で京浜急行に乗り換え、知人がやっている横須賀の追浜にある店を目指したが、何とここも休業。前は休日でも開いていた記憶があったのだが、それも結構前の話。。。

そこで、私が向かったのは、戸塚にある福寿司。かつてここのブログの読者でもあり、取引先の会社に勤務されていらした方から紹介していただいた店で、私のお気に入りの店の筆頭格。本日の日記はひとまずこれにて終了し、福寿司の模様は後日改めてということで。。。

070513-miyagimichishirube.JPG

そうそう、お昼のときに参加者の一人からいただいた旅行のお土産を、自宅に戻ってから美味しくいただきました。この場を借りて改めてお礼申し上げます。

2007年03月27日

鎌倉七口+1を巡る

070318-kamakura-nanakuchi (1).JPG

070318-kamakura-nanakuchi (2).JPG
<画像:Googleの航空写真に切通し等の名称を付加>

「自然探索の会」が主催するトレッキングの会に一般枠として参加。総勢70名弱の一行の一員として、古都・鎌倉にある切通しを一気に歩き抜くという過酷な企画で、歩行距離は22キロ。

三方を山に囲まれ一方は海に面しているという鎌倉特有の地形は、源頼朝がこの地に幕府を開いた最大の理由とされている。周囲を囲む山々や海は、敵からの攻撃を守る、いわば天然の軍事要塞としての機能をもっていた。だが、一方で、敵の攻め方によっては、孤立を余儀なくされる危険もはらんでいたといわれている。

この軍事上の要塞である山を必要最小限だけ削り、そこを物資の運搬といった外部との連絡用の通路としたのが、いわゆる切通しと呼ばれている。その代表的なものが、

 @朝夷奈切通し
 A名越切通し
 B極楽寺坂切通し
 C大仏切通し
 D化粧坂
 E亀ヶ谷坂
 F巨福呂坂

の計7つの切通しで、それらを総称して鎌倉七口と呼んでいる。

なお、今回のタイトルの「+1」だが、これは地理的に@朝夷奈切通しとA名越切通しとの間にある「釈迦堂切通し」のことをいっている。切通しには本来、外部との連絡用という意味があるため、内部同士用の連絡通路という側面しかない「釈迦堂切通し」は「七口」には含まれない。今回はコースの途中にあったので、ついでに立ち寄ってみただけの話。

一行は京浜急行の六浦駅に程近い公園で集合し、上記の@〜Fの七口に「釈迦堂切通し」をプラスして計8つを訪ねた。参考までに、それぞれの位置関係を示すため、地図上に凡その場所を示してある。

2006年12月23日

鎌倉の5秘境・冒険ウォーク

061223-kamakurahike-oomaruyama.JPG

061223-kamakurahike-oomaruyama-nagame.JPG

061223-kamakurahike-junisomomiji.JPG

南は海に、そして3方を山に囲まれた鎌倉に幕府が誕生したのが1192年、今から8世紀以上も前のこと。この鎌倉を囲む3方の山々は標高こそ大したことはないものの、実は意外にも奥深く、素人が単独でコースを離れようものなら、遭難して命取りとなる。

鎌倉の山で遭難事故、などと聞いたことがないが、その山々を歩けば歩くほど、これほどまでの秘境があったのかと思い知らされる。天園コースや大仏コースなどといった既にコースとして整備されているのであれば問題ないが、今回はまさに冒険ウォークと銘打った本格的な秘境探索となった。

場所によってはザイルなどを使って斜面を降り、大刀洗川の源流の辺りを鎌で薮を刈りながら進む様は、まさにテレビなどで放映される冒険番組さながら。どこかの国の道なきジャングルを進んでいるような錯覚にさえ陥るほど。観光客が押し寄せる鎌倉にこれほどまで未開の自然があったとは、と思い知らされる。

軍事都市「鎌倉」の要塞機能の重要な部分を担っていたのがこの3方の山々。これらの山々を奥深く歩くとき、その要塞という意味を身をもって理解することができる。なるほど、これでは切通しが必要なのも十分に頷ける。

密林のように竹が茂っている竹林沢秘境や、崖を降りて再び別の崖に上るというV字谷秘境のほか、茅ヶ原秘境、藪尾根秘境、馬場谷秘境といった5大秘境を制覇して、目的地でもある鎌倉宮まで辿り着くというコース。距離にして推定20キロほど。

疲労困憊するも、暗くなる前に下山できたのが幸い。今年の歩き納めに相応しい冒険ウォークだった。

なお、画像は上から順に、鎌倉市域に入る直前にある横浜市側の最高峰「大丸山」の山頂、その山頂からの金沢八景方面の眺め、そして鎌倉の大刀洗川の近くで一般道に出た際に偶然見つけたきれいな紅葉。

2006年12月21日

都内を散策(飯田橋〜新宿)

061210-shinjukurekishihakubutsukan-koyo.JPG

ここからリンクしている「お散歩友の会」主催による12月例会に参加。今回は、東京の飯田橋から新宿を目指して歩くもの。途中、お札と切手の博物館や新宿歴史博物館、消防博物館などを巡り、最後に新宿の居酒屋で忘年会といったスケジュール。私を含め、計11名が参加。なお、冒頭の画像は、新宿歴史博物館の中庭の紅葉。

午前中にJR中央線の飯田橋駅に集合し、そこからまずは近くの海鮮和食の店でランチ。私もこれまで何度かは参加させていただいたことがあり、今回の参加者のなかでも何名かはお見かけしたことがあるものの、前回の参加からだいぶ時が経っているため、残念ながらお名前とお顔が一致しない。意外に静かなランチタイムとなった。

ランチの後、お札と切手の博物館に入った。館内は基本的に全て撮影禁止とのことだったので、画像はなし。古の時代から現在に至るまで、時代ごとに使用されていた札を展示。海外のものも多く展示されており、観る者を飽きさせない。

061210-shinjukurekishihakubutsukan (2).JPG

次に目指したのは、新宿歴史博物館。区に勤める学芸員の方が、親切にも施設と展示物の概要説明をしてくださり、我ら一行は大いに理解を深めることができた。新宿という町の成り立ちなどについて、その立地条件や当時の歴史背景などを踏まえ、大変興味深く説明してくださったのが特に印象的。上の写真は館内にある江戸の町でよく見かけられた家屋。

061210-shobohakubutsukan-meiji.JPG

061210-shobohakubutsukan-taisho.JPG

061210-shobohakubutsukan-showa.JPG

続いて、一向が向かったのは消防博物館。東京消防庁の四谷消防署内にあり、江戸、明治、大正、昭和といった時代の移り変わりと共に歩んだ消防の歴史を時系列で展示。上の3つは、上から順に、明治、大正、昭和のそれぞれの時代の消防作業の風景。消防車両のテクノロジーの近代化・進展と、それに伴う人員の少人数化に、時代の流れの確かな息づかいに気づかされる。

061210-shobohakubutsukan-matoi.JPG

061210-shobohakubutsukan (3).JPG

061210-shobohakubutsukan-matoi.JPG

同館ではこのほか、南町奉行を務めた大岡越前守忠相が組織した町火消が担いだ「まとい」のレプリカ、1982年まで現役で活躍した消防ヘリ「ちどり」、大正から昭和にかけて活躍したクラッシックなポンプ車なども展示されている。

061210-izakaya-chanko (1).JPG

以上で全ての行程を完歩。新宿駅近くの居酒屋で参加者全員で忘年会。塩ちゃんこをいただき、酒もグイグイと進んだ模様。厳か?で、かつ和気アイアイとした雰囲気の中で、楽しく宴が執り行われた。

061210-shonanshinjukulinegreen (1).JPG

061210-shonanshinjukulinegreen (2).JPG

え?帰りにもう1軒ぐらいいったんだろうって?ぃぇぃぇ、まっすぐ横浜に戻りました。逗子行きの湘南新宿ラインで缶ビールを飲みながら、まっすぐ家路へ。。。と記憶しています。