2008年05月08日

「なまこや」(横浜・宮川町)

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今から30年以上前の幼少の頃、友達とよく通った駄菓子屋「なまこや」。屋号の由来は、幼少の頃から不思議だなぁとは思いつつ、特に確かめようともしなかったが、今になって、どういう意味が込められているのか、ちょっと興味津々。

久しぶりにカメラを携えて宮川町をブラリ歩いていたら、「なまこや」が目に留まったので撮影。幼馴染とよく通った昔の懐かしい思い出が蘇ってくる。関西方面に住んでいるその幼馴染とは、今では年賀状のやり取りのみ。10年近く前に京都で執り行った彼の結婚式に招かれ、その数年後、私が単独関西旅行で大阪を訪れたときに再会したのが最後。

幼稚園児の頃、彼が唯一の友達だった。残念ながら、小学校は学区が違っていてそれぞれ別の学校に通うことになったが、たまの日曜日になると互いの家に行き来したもの。そうそう、一緒に習い事の教室にも通ったっけ。何気なく、彼から届いた今年の賀状にプリントされている彼の姿を今一度よく見てみると、30数年前の面影は健在。どこかでバッタリと出くわしてもすぐに彼と分かる。

で、さすがにこの歳になって「なまこや」の店内に入って、「飴玉くださいな」というわけにはいかないが、今の店内でどんなものが売られているのか、ちょっと知りたい気分。。。誰か一緒に入ってくれる人はいないものだろうか。。。。
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2008年03月11日

母校の学食でちょこっとランチブレイク

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ここと相互リンクしている「ちょこっとカフェブレイク」の管理人くるみ氏が所定の単位を修得し、最後の関門である卒業研究も突破され、このたび大学をご卒業されることとなった。勤勉なくるみ氏に触発され、私が仕事を続けながら取得できそうな学位プログラムがあるか探るため、母校を訪ねてみることに。

どんなカリキュラムがあるかなど、学校のホームページで調べればすぐに分かりそうなものだが、実際にパンフレットなどを見たほうがイメージが浮かぶだろうし、学部と大学院の授業を受講するのに通っていた懐かしいキャンパスを訪ねてみたいという気持ちもあった。そして、何よりも、久しぶりに学食で一献、否、食事をしてみるのも一興ではないか。結局、ランチが目的か。。。

見た目は25歳でまかり通る私なので校内に立ち入る際も問題ないと思ったが、こともあろうに、キャンパスの入り口に常駐している守衛に「お待ちください、どちらにご用ですか?」と呼び止められる始末。ムカッときたが、笑顔で「ここのOBで、教務課に用事があります」と返答。問題なく入ることが許される。例えば浪人と留年の繰り返しを余儀なくされた、やや老け顔の学生ぐらいで通じるとばかり思っていたが、僅かに無精ヒゲで生やし、両手を後ろで組んで歩く姿は、やはりどう見てもただのオヤジとしか映らないのであろう。

釈然としないまま、ちょこっとした用事を済ませ、思い出の学食に向かう。入ると、椅子やテーブルが新調されていて、見栄えも綺麗になっている。が、メニュー構成は、私がまだ学生だった頃と変わりない。麺類がこちらのカウンターで、定食やご飯類はあちらのカウンターでと、並びも当時のまま。ただ、器と値段と味は変った様子。。。

単品のハヤシライスもあるが、ここはちょこっと贅沢してコロッケも別料金でつけてもらう。で、味わいは。。。はい、実に学生のように若々しく、清々しく、生き生きとした味わいで。。。懐かしい味わいと共に、学生時代を懐かしむ。

くるみ氏は仕事と学業の両立を実践されてきたわけだが、これまでの努力は並大抵のものではなかったものと推察している。最後までやり遂げる弛まぬ努力と、しかも優秀な成績を修めるほどの学問に対する飽くなき追求心は、氏の今後の人生のあらゆる局面においてプラスに働いてくれるものと信じている。
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2008年01月07日

銭湯「川の湯」跡

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風呂釜が故障するとたまに通った近所の銭湯。数年前に取り壊しになって、今では駐車場になってしまっている。

今でも内部の光景を微かに思い起こすことができる。当時の料金は小人で確か30円ぐらいだったか。記憶が曖昧だが、何しろ安かったのは覚えている。
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2008年01月04日

上から眺める京急線

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京浜急行の戸部駅と日ノ出町駅の間にあるトンネルとトンネルの境目。友達の家に遊びに行く途中にある。小さな橋がかかっており、そこから見下ろすことができる。

私が通った小学校では、「絶対に上から線路や電車に向かってモノを投げてはいけません」と先生らが生徒たちに注意を呼びかけていた。にもかかわらず、モノを投げる輩がどこかのクラスにいたそうな。

こっぴどく叱られていたと聞き及んでいる。やはり、あいつだったかぁ。。。
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2008年01月03日

私が通った幼稚園の跡地

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横浜の西戸部町にあった幼稚園の跡地。今では駐車場になってしまっている。

なかなか友達ができないでいたので、早く家に帰りたくて仕方がなかったのを覚えている。お遊戯の途中で抜け出そうとも思ったが、それも怖くてできないでいた。
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2008年01月02日

よく遊んだ近所の裏路地

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私が幼少期を過ごした家のすぐ裏手にある路地を久しぶりに歩いてみる。

当時は特に狭いとも何とも思わなかったが、車も通れない路地は、さすがに今の私にとっては細く小さく感じる。

時の経過と共に、人は着実に成長している。

そういえば、昔、正月になると、獅子舞がよくこの路地を通り我が家にまで来ていた。私は恐怖におののき、2階の窓際のカーテンに包まって隠れたもの。。。
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2007年12月30日

お化けだんだん

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御所山町から戸部本町方面への近道といったら、通称「お化けだんだん」或いは略して「ばけだん」と呼ばれるこの階段を思い起こす。確か小学生の頃、この階段は極力使用しないようにとのお達しがあった記憶が。

この不思議な名称だが、いまだに私は知らない。単に人通りが少なく街灯もないので、怖いというイメージから、そう名付けられたのかもしれない。
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2007年12月28日

御所山町の路地

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塾に行く途中にいつも通っていた御所山町の路地。ほとんど他人の家の軒先かと思われるほど、家の敷地と路地との境目がない。

確か、この路地の先には片想いだったあのコの家があったっけ。。。
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2007年12月26日

大好きだった学習塾

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学校では勉強嫌いの私だったので、半ば強制的に塾に通わされた。嫌で嫌で堪らなかった。勉強が嫌いというよりも、むしろ学校自体が好きではなかった。否、学校というよりも、そこでイジメにあうのが嫌だった。イジメがなかったら、学校や勉強は嫌いにはなっていない、と思う。

そんな私でも、卒業間近に通っていた御所山町にある塾には実に好感を持つことができた。受講生からそれほどイジメられることがなく、加えて、塾の先生が実直な方でどの生徒に対しても厳しくも等しく接してくださったことが、良い思いでとして印象深く残っている。

当時、先生は自分たちの親よりも遥かに年配でいらしたので、25年以上経った今なおご存命かどうかは不明。ただ、看板だけはまだ当時のまま残っている。
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2007年12月23日

よく通った駄菓子屋の跡地

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仮に小学生時代の一番の思い出を挙げよと言われたら、良いもの悪いもの関係なしであれば、駄菓子屋でウダウダとたむろしていた頃が一番懐かしく思い出される。

駄菓子屋には当時、出始めたばかりのインベーダーゲームなどが置いてあり、当時は10円、50円、100円のものがあった。コインゲームをやったら即、悪ガキのレッテルを貼られた時代だから、私など恐ろしくてゲーム機の半径2m以内には入れなかった記憶がある。

駄菓子屋ではやはり、月100円の小遣いの範囲の中で、よっちゃんいか、マルカワの風船ガム、タコせん、あんずジャム、あんこ玉、麩菓子などをか買い求めたもの。当時の駄菓子で最も安いものは5円、高くても25円程度だった記憶がある。アイスクリームなど棒アイスで30円もしたので、駄菓子の範疇を越える。当時の小遣いレベルでは到底手が出ない代物。。。代わりに指をくわえていた。

今では駐車場になってしまっているが、この店の店頭では小学生とはいえいろいろな人間模様が。。。高学年生に恐喝されてビビりながら小銭を出させられたこともあったっけ。今、その彼が私にあったとして、私の心に傷をつくったことに対して謝罪をするだろうか、それとも戦争責任をうやむやにするごとき、「もう大人なんだから、今さらねぇ〜」とか「そんなの覚えてねぇ〜よ」と、自らの罪を過去のものとして水に流そうとしてしまうだろうか。

こんなこともあった。大事な10円玉をポッケから取り出そうとした際に不注意で道路に落としてしまい、そのままコロコロと転がってマンホールの穴に入ってしまったこともある。親に何といって弁明しようか。。。家に戻ってからそのことを母に言えず、夜、思い出しながらすすり泣いた覚えもある。
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2007年12月21日

神奈中ストアだったのが。。。

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幼少期を過ごした地区で、ご婦人方が日常的な買い物をするスーパーといえば、神奈中ストア。久しぶりに前を通ると別の店に変っているではないか。

その昔、母に荷物持ちとしてよく神奈中ストアに連れてこられた思い出がある。帰り道、母は偶然スーパーでばったり会ったご近所のご婦人らと立ち話。小学生の私にとって米や牛乳が入った買い物袋は十分に重荷。数分間だけならいざ知らず、サザエさんのように数十分ともなると、翌日は必ず筋肉痛。。。
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2007年12月18日

銭湯「松島館」

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今でも現役で働く数少ない貴重な銭湯。

昔の記憶を紐解くと、亀田病院の脇に住むクラスメイトと一緒に、確か一度だけここの湯に浸かったような記憶があるのだが。。。
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2007年12月15日

亀田病院の前の路地

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小学生の頃、「怪我や病気=亀田病院」という等式があった。今は知らないが、この辺りには当時、規模が大きい病院はここしかなかったのだろう。私も一度だけ何針か縫う怪我で運ばれたことがあると聞いているが、当の本人には全く記憶がない。

そんな亀田病院の目の前にある路地は、戸部通りの喧騒から逃れる格好の路地。徒歩の通行人にとって歩きやすい路地。と同時に、人通りが多い戸部通りから隠れている、即ち大人の目から離れることができるので、子供同士のいざこざもあった。

病院のすぐ右脇に住んでいたクラスメイトの家に遊びに行き、帰りは途中まで路地を一緒に歩いてくれた思い出がある。待ち伏せされてリンチされるのは、もうコリゴリ。彼の優しさに感謝。今はどうしているだろう。
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2007年12月12日

戸部四丁目の交差点

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戸部通り沿いにある亀田病院前の交差点。この付近に、小学生の頃のクラスメイトが数名住んでいた。今はどうしているのだろうか。

小学生のとき、虚弱な私を集団リンチにかけて喜んでいた同じクラスのA子ちゃんもこの辺りに住んでいたが、今では立派なオバ、否、お姉さん。いつも仲良くしてくれたB男君も、今では立派なオヤ、否、お兄さん。
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2007年12月11日

イタズラな日々…

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戸部一丁目の交差点のすぐ近くにある郵便局の右隣が今、空き地(駐車場)になっている。昔はここに確か、何かのお店があったような記憶がある。店とはいっても、何かの小売店ではない。確か不動産屋だったような記憶が。。。

小学生の頃のある日、その交差点で信号待ちしていると、一緒にいた友達が信号が青になるまでの待ち時間を利用してイタズラを企てたいと耳打ちしてきた。彼が指差す不動産屋の入口の引き戸が半開きになっており、中を覗くと店主であろう50-60歳代の婦人が美味そうにアンパンをパクパクと頬張っているではないか。友達は、青になる直前に引き戸を全開にして「アンパンよこせぇ〜っ」て叫んで逃げようぜ、と持ちかけてきた。要するに今でいうピンポンダッシュの原型。今のように全ての家屋にピンポンのブザーがないので、扉を手動で開けて叫び、ダッシュで逃げようという寸法だ。

えっ、そんなことするの、と驚きを隠せない私をよそ目に、彼は信号が変わる直前、おもむろに扉を開き、「ババァ〜がアンパン喰ってるぅ〜ッ」と当初の予定とは違うセリフを叫んだ。そして、青になった途端、学年で五本の指に入る脚力を誇る彼は、楽に逃げ去ることができた。もちろん、のろまなカメの私は婦人にあっさりと捕らえられ、連れ込まれた事務所内で一緒にいた私も同罪だとこっ酷く叱責を受けたうえ尻を定規で叩かれるなどの体罰を受け、数十分後にようやく解放された。

解放後、とある場所で彼と再会。彼は開口一番、「おめぇ〜何捕まってんだよぉ〜、だっせぇなぁ〜」だって。彼のいたずらを止められる立場にありながら止めなかった私も同罪といえば同罪なのかも知れぬが、どうも釈然としない。

して、その彼は今でも西戸部町に居住していると聞いている。
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2007年12月08日

戸部一丁目の交差点

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桜木町方面から紅葉坂を上り切り、神奈川県立青少年センターの前を過ぎて最初の交差点。戸部と伊勢町の境目でもあり、ここは交通量も結構激しい。昔は市電(チンチン電車)も走っていた。

横浜駅東口の旧スカイビル前にあったバス乗り場から103系統の市営バスに乗り込み、この交差点の近くにあるバス停で下車して、家まで歩いて帰っていた当時が懐かしい。この交差点に辿り着くと、あたかももう家に着いたが如く、安堵感を覚えたもの。
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2007年12月06日

神奈川県立青少年センター

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小学生の頃、どこにも遊びに行くところがないと、よくここに来ていた。科学の展示物があり、子供の私たちを飽きさせない。いつも同じものが展示されていたが、何度来てもそれなりに楽しかった思い出がある。

複数のクラスメイトと行くが、いつも帰りは別々に帰宅していた覚えが。センター内に入ると、それぞれ興味のある分野が違うので、基本的に別行動。だから、帰りもはぐれて皆バラバラに帰宅。実に合理的。か?
posted by 乙さん at 01:39| Comment(4) | TrackBack(0) | 日々雑感-昔の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする